2011・報告:環境倫理シンポジウム『自然を愛する』とはどういうことか

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2011・報告:環境倫理シンポジウム『自然を愛する』とはどういうことか

道下雄大(環境倫理シンポジウム実行委員長)


はじめに


 大阪自然環境保全協会、大阪府立大学・現代生命哲学研究所、里環境の会の3団体共催事業として2011年9月17日(土)、環境倫理シンポジウムを実施しました。これは新しい視点による活動であったため、自然保護や環境教育に関わる日本各地の方々から反響をいただきました。本シンポジウムに対して、事前のご意見やご支援をいただいた方々は、企画段階も含めると100人を越え、多くの人々の思いがこもった企画となりました。関係者のみなさんに心より感謝を申し上げます。

 周知のように、環境倫理学が日本の自然保護の現場で活かされることはまれですが、どのような場合に動物を殺処分すべきかなど自然保護のあり方をめぐる意見対立はいまだ解決されておらず、環境倫理学が果たすべき課題は多いといえます。また、近年、自然保護に直接関与しない人々の間で、自然保護の目的に関する不信感が高まっているのを個人的に感じています。この現状を打破し、多くの人々にとって納得できる環境倫理を考えることを本シンポジウムの目的としました。

 では、日本の環境倫理学に欠けているものとはなんでしょうか。大阪自然環境保全協会の環境倫理談話会で議論を繰り返して得た結論は、「自然を愛する」ことでした。なぜなら、自然保護目的での殺処分に賛成する人も反対する人も、捕鯨活動に賛成する人も反対する人も、自然保護活動に直接関与する人も関与しない人も、「自然を愛する」ことではほぼ共通しているからです。「自然を愛する」というのは心の現実ですが、これらの現実を直視し考察することが必要と考えました。自然保護に関する意見の相違を把握するために事前アンケートを実施して、その結果をシンポジウムの資料(環境倫理資料集)に収録し、シンポジウムとしては異例の充実した冊子を準備しました。前例の無い企画でしたが、3団体がうまくアイデアを出し合いながら企画を無事終えることができました。


シンポジウムの概要


 シンポジウム当日はあいにくの雨でしたが、静岡県など遠隔地の方も含め83名の方が来場されました。10代から70代までさまざまな年代の方々がまんべんなく来られ、自然保護に関わる所属の人が多くみられました。男女比は2対1でした。さらにボランティアスタッフ22名とパネリスト5名もいて、100名を超える人々で開始を迎えました。プログラムの概要は、午後1時に当協会の高田会長の挨拶から始まって、次に道下の基調報告を20分、森岡正博、瀬戸口明久、福永真弓各氏の学術的な講演を25分ずつ行い、さらに休憩後、参加者からの質問を含めたパネルディスカッションを約90分行って、森岡氏の挨拶で締めくくりました。


基調報告と講演


 道下の基調報告では環境倫理シンポジウムの目的のほか、当日配布冊子に収録されたアンケート結果の説明も行いました。67人の記述回答を分析した結果、「貴重な自然」と「愛する自然・大切に思う自然」は多くの人にとって異なる自然と認識されていましたが、人によるイメージの違いは小さいとわかりました。一方、「どのような場合に自然保護目的の殺処分を行うべきか」や「害虫や病原菌を保護すべきかどうか」では、人による意見の隔たりが非常に大きいことがわかりました。

 『無痛文明論』などで有名な森岡氏の講演では、環境倫理学とは何か、動物の権利論、外来種駆除の理由、自然保護とは何を保護するということかなどを解説してくれました。これらは個人的体験談を織り交ぜながらも、哲学者らしく論理的に考察するスタイルで語られており、外から客観的に見つめた自然保護の姿が浮き彫りになりました。外から見た自然保護の姿は自然保護活動に携わる人にとっては見逃しがちな視点であり、人によっては非常に高く評価する感想がありました。私たちが守りたい自然とは「自然はこのようになってほしいという私たちの思い」と「自然の大いなる暴力的な力」であるという森岡氏の主張が印象的でした。

 瀬戸口明久氏の講演では、アメリカ合衆国や日本、イギリスなどの事例を紹介しつつ、自然保護に対する考え方がいかに多様であるかを解説してくれました。資源としての自然保護、原生自然の保護、人が作った風景の保護、美しさを目的とした自然保護など。これら多様な考え方が共存する場合もあるが、対立する場合もあるとのことでした。そこでは自然とは何か、外来種とは何かといった言葉の認識の違いが対立の一因となりやすい。歴史的事実を淡々と述べる学者らしいスタイルでしたが、思想の多様性を正しく認識することの重要性を実感させてくれる内容でした。

 福永真弓氏の講演では、アメリカ合衆国カリフォルニアでの体験談を基調として、自然保護に関わる立場の異なる人々が具体的にどのように自然を愛してきたのかを楽しい語り口で解説してくれました。現地では瀬戸口氏が述べたような思想の対立が激しく起きていたが、当時自然保護のシンボルとなっていたサケへの愛が意見対立を解消するきっかけになったとのことでした。生態系全体を愛する人々、生物種を愛する人、生物個体を愛する人がいて、愛は一様ではないが誰にでもあるのは否定できないようです。

 以上の講演終了後、参加者から質問用紙を回収し、25分の休憩を設けました。休憩時間は長いようにもみえますが、65ページもある配布冊子を読んだり、自然の美に関するミニ展示を観賞したりして、参加者の方々はみな忙しくすごしたようです。


パネルディスカッション


 休憩後は、以上の森岡、瀬戸口、福永、道下のほか、大阪自然環境保全協会の自然保護活動の中心人物の一人である常俊容子氏に加わってもらって、5人でパネルディスカッションを行いました。まず、参加者からの質問用紙に答える形で、環境や自然というの言葉のイメージ、またその意味の違いについて議論しました。言葉のイメージは各自の専門に対応して異なっているようで、森岡氏は自分の内と外との両方に自然があること、福永氏は社会との関係性、常俊氏は里山を語ってくれました。
次に造園は自然なのか、自然に人手を加わることは悪いことなのかを議論しました。これは環境問題を考える上で重要なテーマであり、事前の環境倫理アンケートでは人手の加わらない自然を貴重な自然と判断する人が多く、人手の加わった身近な自然を愛すべき自然と判断する人が多い傾向にありました。しかし、人手の加わらない自然がなぜ貴重なのかを考えていくと不明瞭な点が多いとの指摘が森岡氏からあり、原生といわれる自然でも動物の管理がなされる事例のあるとの指摘が瀬戸口氏からありました。つまり、原生自然・原生林の自然保護よりも、人手の入った造園的・里山的な自然保護の方が愛という根拠が明瞭であると暗に示されたことになります。文学やアニメ、ドキュメンタリー映像が自然保護に影響を与えた事例はあるのかという質問では、瀬戸口氏からディズニーの影響を指摘する意見などがあり、探せば多くの事例がありそうでした。自然保護と人の幸せの関係についての議論では、ホタル増殖活動など、人々が求める自然像と科学的に求められる自然像の間にしばしばギャップがあり、このギャップが今後の自然保護における課題であることが瀬戸口氏などから指摘されました。さらに、自然保護のために人が不幸になることがあってはいけないとの指摘が福永氏からありました。

 以上の議論を一通り終えると、参加者からの口頭質問の受け付けて、多くの発言をいただきました。さすがに倫理に関する持論を持っておられる参加者が多く、質問というより意見表明的な発言が目立ち、環境倫理的に重要な内容が散見されました。最も印象的だったのは、自然保護では愛よりも怒りが重要であるとの趣旨の発言でした。

 幼少期の自然体験が重要かどうかという質問では、各パネリストの自然体験談を引き出すことになりましたが、全員が幼少期にこだわる必要は無いという意見でした。なかでも森岡氏の都会好きになった体験談は面白く、都会好きの人間でも環境倫理について研究しているとのことでした。
配布資料に収録したアンケート内容に関する議論も行いました。これには興味深い意見が多数収録されているのですが、中には自分の心に相反する感情が同居していることを冷静に記述している回答者がいて注目が集まりました。森岡氏は「害虫は殺せと言い、犬の死を悲しむ自分へ恐怖している筆者へどきっとした」と感想をもらしました。

 以上、本シンポジウムでは、個別の環境問題に対する統一的見解はあえて出しませんでしたが、森岡氏が終わりの挨拶で締めくくったように環境倫理学には「問題を設定して提言を導くこと」と「多様な意見から想像力を活かしてお互いに気づきあうこと」という二つの重要な側面があると示しました。この二つの側面を我々が実行した後に、個別の環境問題に対する見解を出すことができるということなのでしょう。それらの提言と気づきを具体的に実践するのは難しいと思われる方もいるかもしれませんが、自然との関わりがある方であれば個人的には簡単なことと思います。なぜなら我々の多くは自然の多様性から学び、すでにさまざまなことに気づいているからです。考え方の多様性から多くのことを学び、気づくのはよく考えたら難しくないのかもしれません。


写真1
受付
(分厚い配布冊子が積まれている。受付などのスタッフは主に里環境の会のメンバーが担当した)



写真2
パネルディスカッションの様子
(左から森岡正博、瀬戸口明久、福永真弓、道下雄大、常俊容子の各氏)



写真3
活発に発言を求める参加者の方々
(パネルディスカッションにて)



写真4

シンポジウム会場後方に設けたミニ芸術展
(いぬいさえこ氏と当銀氏に環境関連の作品を展示していただいた)



写真5
ミニ芸術展
(写真4の続き。事前の環境倫理アンケート回答者が美しいと感じた風景写真を展示した)


 

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