都市と自然誌抜粋(トピック)No_454_201402_1

ナラ枯れの拡大


日本の里山林の代表的な林はアカマツ林、コナラ林、ミズナラ林である。これらの林は薪炭林や農用林として利用され、定期的に伐採されてきた二次林である。アカマツ林は1970年代から始まったマツ枯れによってかなり減少し、替わってコナラ林が増加してきた。近年、里山林の生産林としての利用価値が下がり、放置されるようになったため、大径木のコナラ林やミズナラ林が増加してきた。それに対応するように1980年代からカシノナガキクイムシによるナラ枯れの被害が拡大してきた。これは、カシノナガキクイムシ(Platypus quercivorus)がブナ科の樹木に集団で穿孔し、持ち込まれたナラ菌(Raffaelea quercivora)が樹木の通水を阻害し、枯死を引き起す現象である(黒田・山田 1996;伊藤ほか 1998、Kubono & Ito 2002)。
カシノナガキクイムシは、そのナラ菌を幼虫の餌としている。
江戸時代にもナラ枯れが発生していたという記録もあり(井田・高橋2010)、さらに、1930年代に宮崎県、鹿児島県での被害があったり( 森林総合研究所関西支所2007)、1940年代後半から兵庫県城崎郡で発生(伊藤・山田 1998)したりしていたが、全国的な規模で拡大するようなことがなかった。しかし、1980年代から東北地方から近畿地方の日本海側を中心に全国的な広がりを見せている。大阪府でも拡大しており、吹田市や和泉葛城山系にも広がってきている。
ナラ枯れが引き起こす問題としては、土砂流出、景観の悪化、倒木による二次被害などが考えられる。
調査地


 ナラ枯れ後の植生の変化を明らかにするために、2010年~2012年にかけて滋賀県近江八幡市長命寺町、中之庄町、北津田町、南津田町および東近江市猪子町、佐生町と京都府舞鶴市栃尾、川辺中でコナラ林の調査を行った。近江八幡市周辺地域は2006年からナラ枯れの報告がなされており、調査時は発生から2~6年経過している。現在も一部では被害が生じている。一方、舞鶴市は1997年に最初のナラ枯れが起き、2000年頃に一帯で被害が生じた。しかし、現在では収束している。調査は被害林分と無被害林分に10m×10mの枠を設置し、植生調査を行った(表-1、表-2)。

ナラ枯れ被害地と無被害地の種組成

 近江八幡地域および舞鶴市地域の被害林と無被害林の種組成を表1および表-2に示す。
 近江八幡地域の被害林分ではアカメガシワ、カラスザンショウ、クサギ、タラノキ、ムクノキなどが被害林分で特徴的に見られた。一方、舞鶴市周辺地域ではウワミズザクラ、トキワイカリソウ、ミヤマカンスゲ、ナガバモミジイチゴ、ヘクソカズラ、ホオノキ、カマツカ、ハリギリなど多くの種が被害林に出現している。
各階層の全植被率

ナラ枯れ被害があれば高木層にあるコナラやアベマキが枯死するため、高木層の全植被率は下がると考えられる。各階層の平均全植被率の比較を行ったのが、図-1である。

 近江八幡周辺地域の高木層においては被害林の全植被率が平均約36%であるのに対し、無被害林は約83%であった。舞鶴市地域においても、被害林が約49%であるのに対し、無被害林は約93%であった。したがって、高木層のコナラやアベマキが枯れたために、大きなギャップができて、全植被率がかなり下がったものである。また、草本層では被害林の方がやや高い。それ以外の階層では舞鶴市地域の第一低木層を除いて、被害林分、無被害林分とも大きな差は見られない。
各階層の出現種数
ナラ枯れ被害林分と無被害林分の各階層の出現種数を図-2に示す。近江八幡周辺地域の被害林分の平均出現種数は、34.9種で、無被害林分は28.2種であった。舞鶴市地域の被害林分では51.7種で、無被害林分は33.7種であった。いずれも被害林分の方が多いことがわかった。高木層の出現種数は、被害林分、無被害林分とも1.2~1.6種ほとんど差はない。それ以外の木本層では、舞鶴市地域の第二低木層でやや差があるものの、他は被害林分と未被害林分で大きな差はなかった。一方、草本層についてみると、近江八幡市周辺地域の被害林分は28.2種で、無被害林分は19.9種で、舞鶴では43.4種と27.4種で、いずれも被害林の方が多かった。このことからするとナラ枯れによるギャップ形成が林床の光環境を改善し、種数が増えたものと推定される。したがって、ナラ枯れは、種多様性を高める効果があるかもしれない。
ナラ枯れは林をだめにするか小林・柴田(2001)は、京都府舞鶴市でカシノナガキクイムシにより穿入されたミズナラ、コナラの枯死率を調査している。それによると、それぞれ38.4%、5.2%で、ミズナラの枯死率は高い。赤石ほか(2006)は、石川県のコナラ・アベマキ二次林でカシノナガキクイムシの初期加害状況を調べており、それによるとコナラは6 4 6 本中4 3 本(6.7%)が穿入されており、アベマキは645本中49本(7.6%)であった。この時の枯死はアベマキが1本だけで穿入されてもほとんど枯れていない。これらのことからするとコナラ林やアベマキ林についてはミズナラ林に比べて枯死率はそれほど大きくないといえる。また、健全木も含めて枯死率を考えた場合はさらに低くなると予想される。したがって、ナラ枯れの被害があったとしてもコナラ林やアベマキ林についてはそれほど大きな影響はないと推定される。むしろ、ギャップ形成によって種多様性が増加することが考えられる。
 ナラ枯れは地域全体として考えるとそれほど大きな影響はないと思えるが、ある場所で集中して枯れた場合は、土砂流出や景観の悪化が想定される。また、社寺林や公園などの保護の対象になっている樹木が枯れる場合もあり、その場合は予防的な措置が必要であろう。
06 455号 2014年2月 455号 2014年2月 07
文献
赤石大輔・鎌田直人・中村浩二(2006)コナラ・アベマキ二次林におけるカシノガナガキクイムシの初期加害状況.日本林学会誌 88:274-278.
井田秀行・高橋 勤(2110)ナラ枯れは江戸時代にも発生していた.日本林学会誌,92:115-119.
伊藤進一郎・窪野高徳・佐橋憲生・山田利博 (1998) ナラ類集団枯損被害に関連する菌類. 日本林学会誌 80:170-175.
伊藤進一郎・山田利博(1998)ナラ類集団枯損被害の分布と拡大.日本林学会誌,80:229-232.
森林総合研究所関西支所(2007)ナラ枯れの被害をどう減らすか.森林総合研究所関西支所.
小林正秀・柴田繁(2001)ナラ類枯損発生後の林分におけるカシノナガキクイムシの穿入と被害状況(Ⅰ).森林応用研究 10:73-78.
Kubono, T. Ito, S. (2002) Raffaelea quercivora sp. nov. associated with mass
mortality of Japanese oak, and the ambrosia beetle (Platypus quercivorus).
Mycoscience 43:255-260.

黒田慶子・山田 利博 (1996) ナラ類の集団

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